御陵湯
2008.6.29廃業

山科区御陵下御廟野町18  営業時間:16:00〜22:00 定休日:月曜日
地下鉄東西線「御陵」下車 徒歩4分 

 

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入湯日:2003/01/28 20:30

 ついに山科に入ってきました。山科一軒目は御陵湯です。御陵辺りは、京阪京津線が地下に潜り地上の線路はなくなりましたが、ぱっと見それ以外はあまり変わっていないような気がします。御陵湯へは、御陵の信号の一本西の通りを南に入ってしばらく行くと看板が見えてきます。周りは結構最近建ったような住宅が多く、もう少し行けば畑も広がっているような所です。あと500mぐらい行くと東山高校のグランドがあるので、私の行った8時半頃は野球部の練習を終えた高校生がぞろぞろ御陵駅に向かうのとすれ違いました。
 そんな環境なんですが、御陵湯は唐破風のあるなかなか重厚な構えです。暖簾をくぐり玄関スペースに入ると、使い込まれた木製の下駄箱がありますし、御陵湯は結構歴史がありそうです。脱衣場も、天井は格天井ですし、真ん中には羽根を外された吊り下げ型の扇風機も付いています。洗面台の上についている蛍光灯のカバーが、プラスチックに模様を刻んだ物で昭和40年代ぐらいを彷彿させます。ほかにこれといった特徴はありませんが、道路側にベンチとテーブルが置かれ、休憩できるようになっています。
 浴室内は、男女壁に沿って奥からジェット&泡風呂の浴槽、深風呂、浅風呂、水風呂の4漕が並んでいるだけのシンプルな造りで、カランもシャワー付9カ所、シャワーなし5カ所とこぢんまりした浴室です。壁は白タイルを基調にしていますが、男女壁以外は竹をイメージしたような柄をプリントしたタイルが使われています。男女壁も白が基調ですが、コーヒー豆を4つ合わせて花柄にしたような細かいデザインをラインにして使ってありました。この柄はなかなかキュートです。ジェットと泡風呂のある浴槽の壁に効能が書かれ、業者名が入っていたのですが、南区の松清熱業という会社でした。あまり見掛けない業者名です。この辺りでは、メジャーなのかもしれません。
 山科まで来たら鏡広告も違うんだろうなと思って見てみると、山科のお店に混じって何故か西院のパチンコ屋の広告が入っている鏡がありました。パチンコ屋が広告屋にしてやられたのか、はたまた意図を持って出しているのか、多分私は前者の様な気がします。だって、御陵湯から西院に行くのって結構手間ですもんね。こぢんまりした浴室ですが、常にお客さんは3,4人といった感じでコンスタントな感じでした。こぢんまりした中にもなかなか味のある御陵湯でした。

 御陵という地名は、明らかに墳墓に関わっている地名ですが、近くに天智天皇陵があります。御陵の駅からだと三条通を少し東に行き、JRの高架手前から北に長い参道が始まります。天智天皇に簡単に触れますと、第38代天皇で、在位は668年〜671年、意外と短いんです。中臣の鎌足と協力し、蘇我氏を滅ぼし大化の改新をした、そう!中大兄皇子です。ムシゴメ炊いて祝おう大化の改新です。その後、大津宮を遷都し、即位されました。
 三条通の参道入口から入って行くと、300mほど舗装された参道があり、その後石畳の参道がまた300mほど続きます。最後は鳥居のある前まで入れますが、宮内庁事務所の小屋があり、ちゃんと職員さんが詰めておられます。
 ほう〜、こういうものかと納得したら、参道の途中から疎水の方に抜ける道もありますのでそちらに行かれるのもいいでしょう。疎水沿いは、桜並木の遊歩道として整備されているのと、高台ですので山科の町が良く見渡せます。同じ琵琶湖疎水でも哲学の道とまた違った味わいがあります。ただ、このルートで行くとずっと登りですので覚悟はしていって下さいね。

 

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みどり湯

山科区北花山中道町32の5  営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
京阪バス「北花山」下車 徒歩3分 

 

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入湯日:2003/09/20 22:00

 渋谷街道が山科に下りたところが北花山の交差点。そこから東へしばらく行きスーパーフレスコの向かいを南に入ったところにあるお風呂屋さんです。建物が道路に対して横向きに建っており、横が5台ほど停められる駐車場になっています。
 路地を入っていくような感じで暖簾の前に立つと、玄関スペースの正面には高見盛の献血初場所のポスターがデン!と貼られています。この玄関スペース、横に長いのですが端の方には使われなくなったぶら下がり健康器や木の根っこの置物などが無造作に置かれている不思議な空間です。
 脱衣場は結構ゆったり目の造りです。番台近くでは冷蔵庫の向かいにアイスの冷ケースもあったのですが、男湯の冷ケースは故障中とのこと。女湯にあるので声を掛けてくださいとの貼り紙がありました。
 休憩スペースとして道路側にソファーと按摩機があるのですが、浴室側にもベンチがあり、こちらは濡れた体で座ってもいいようにビニールが掛けてあります。このあたりなかなか細かい気配りです。
 装飾品の類としては、男女仕切の上に黒の招き猫と女の子の人形が置かれていました。あと貼り紙やチラシ関係が豊富です。カラオケ屋をはじめ、洋服の寸法直し、旅行社のものなどがありました。洋服直しは番台で受け付けるとのこと。こういう取り次ぎ業って結構バカにならないのかもしれませんね。
 浴室に行く前に洗面スペースですが、ここがちょっと特徴的です。サウナを脱衣場側に増設されているのですが、この際洗面スペースも同じだけ脱衣場側に出されたようで、サウナと洗面スペースが同じだけ張り出しています。その加減か洗面スペースが独立した部屋のようになっていて、ここに入る引き戸があり二重扉のようになっています。
 さあ浴室の方ですが、こちらもなかなかゆったりした造りです。まず入ったところに掛かり湯用の円形のお湯溜めがあります。残念ながら使われていなかったのですが、このお湯溜めに上から赤と黄色のライトが当たる仕掛けがありました。
 浴槽は奥の壁から男女壁に沿ってL字型に電気風呂、深風呂、ジェットと泡風呂さらに赤いライトが点滅する仕掛け付の浅風呂、ただの浅風呂と並んでいます。最後の浅風呂には裸婦がまたがる鯉の口からお湯が出る湯口が付いています。サウナは脱衣場側に4人ほど入れるものがあり、水風呂が横にありました。サウナは珍しく正方形に近い形で、一部あぐらをかけるぐらいのスペースもありました。また背中の当たる壁にカーペット地が貼ってあるのもちょっとした工夫です。
 浴室内のタイルの柄がちょっと珍しい菊の花をデフォルメしたような模様のものでした。そんなに新しくなく、驚くほど古くもない物ですが、味のある柄です。
 サウナの中では地元のおっちゃん達の釣り話に花が咲いていた地元密着のお風呂屋さんでした。


 現在山科と京都市内を結ぶ大動脈には、国道一号線の五条バイパスと、蹴上から九条山を越える三条通りなどがありますが、みどり湯にほど近い北花山は東山バイパスとほぼ平行して東山を越える(一部重複)渋谷街道が山科の盆地に下りてくるところで、交通の要所だった場所です。東山バイパスの開通が昭和42年のこと。山科のお風呂屋さんが、この渋谷街道と旧三条通り周辺に点在していることからも、30〜40年前の街の様子を想像することが出来ます。現在でも北花山から東に延びる渋谷街道沿いや、みどり湯のある川田道が交差するあたりは結構賑やかな商店街になっています。
 そんな渋谷街道の北花山と川田道の間で、街道沿いに付き物のとある石碑を発見!常夜灯です。横を見ると昭和13年の建立となっています。現在はゴミ収集場所になっているようで、収集日を書いた黄色い札が付けられちょっと可哀想な姿となっています。
 山陰街道沿いにある桂湯のところでも常夜灯については書いたんですが、ここでも「愛宕」の文字が入ってます。「愛宕」は山陰街道だけの表記ではないようですね。常夜灯と愛宕の関係。どなたか詳しい方がおられたら御教授願います。

 

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御法湯

山科区厨子奥苗代元町26の1  営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
地下鉄・京阪京津線「御陵」下車 徒歩10分 または 京阪バス「薬科大学前」下車 徒歩6分 

 

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入湯日:2003/10/14 22:30

 山科の渋谷街道にある六兵エ池跡の公園から、北に入って行くと右側にあるお風呂屋さんです。道路に面して横向きに建っているのですが、浴室と思われる場所の壁はレンガ積みです。
 玄関先の路地には鳥居が付いているお地蔵さんが祀られています。玄関を入ると狭い下駄箱スペースなんですが、ここの壁紙がちょっとゴージャスです。何ていうんでしょう、鹿鳴館時代を彷彿させるような柄といいますか、一歩間違えればトラック野郎のカーテンの柄といいましょうか・・・そんな感じなのです。
 脱衣場はあまり装飾品の類はなく、あっさりした感じで、飲み物もポカリの自販機が置かれています。特徴としては入口側にある休憩スペースで、ベンチの他に按摩機、ぶら下がり健康器、ルームランナーが所狭しと置かれています。天井には3枚羽の扇風機がぶら下がっているのですが、これがかなりの小型でした。直径50センチぐらいしかありません。体重計は、寺岡式の朝日衡器というメーカーのもので、貫匁併記のものです。
 浴室は、男女壁に沿って浴槽が並ぶ配置で、カランは島カラン3カ所を含め13カ所ですので、平均的〜やや小ぶりな感じです。この浴室で目を引くのはなんといっても、男女壁のまん中辺りに据え付けられた円柱形の水槽です。直径は1.2mといったところでしょうか。女湯側が見えないように中央には壁があるのですが、下の方は鯉が行き来出来るように穴が開けられています。私が入っていたときには、体長30センチぐらいの錦鯉が7匹ほど泳いでいました。脱衣場の棚に、駄菓子屋にあるような入れ物に黒い玉状のものがいっぱい入っていたのですが、どうも鯉の餌だったようです。
 浴槽は奥から泡風呂、2連ジェットが2カ所ついた浅風呂、深風呂、浅風呂、ライオンの水吐きが付いた水風呂が並んでいます。水風呂の逆サイドにはシャワーコーナーもあります。泡風呂とジェットは威勢がよく、なかなかグッドでした。
 男女壁に超音波と泡風呂の効能書きがあったのですが、「松清熱業」という会社のものでした。山科の日之出湯でも見たことがありますが、そこでは「松清コオルヒイテイング」になっていました。松清熱業が元の社名ですかね。
 私がこのお風呂屋さんに行った時、若い大学生風の兄ちゃん3人と脱衣場で入れ違いになったんですが、浴室はしばらく私一人の貸し切り状態でした。しばらく後に、おっちゃんと小学校高学年風の少年が入ってきたのですが、この少年がなかなかこなれているんです。入口に積み重ねられた風呂イスに、浴槽から汲んだお湯を掛けてから持っていったり、ぽたぽたと漏れているシャワーのレバーを閉めていったり・・・。ここの息子さんだったのかなあ。素人ではありません。
 小雨が降っていたせいもあるでしょうが、ゆっくりと鯉の水槽を見ながら楽しめた御法湯。穴場です。


 ここのお風呂屋さんは、浴室の外壁がレンガ積みだと書きましたが、レンガ繋がりひとつ周辺案内を。御法湯さんの前の道は、真っ直ぐ北に行くと三条通の御陵付近まで抜けられるんですが、その途中でJR東海道本線の下をトンネルでくぐります。このトンネルがレンガで積まれたがっちりとした構造です。照明設備が電線むき出しの、工事用裸電球という夜に一人で歩くにはちょっとおどろおどろしい感じです。この辺りの東海道本線は、大正10年の東山トンネルの開通で敷設された軌道なので、もしかしたら当時のものがそのまま残っているのかも知れません。特に開通年月日のようなものは書かれていませんでした。
 他にもこの辺りには、旧道の名残を感じるものが多々あります。御法湯さんのすぐ南の辻には、古い豪農の風情を残す民家がありますし、その辻から東に行けば江戸時代山科厨子奥村の総鎮守に安置されていた毘沙門天をお祀りするお堂など、目立ちませんがぶらぶら散歩するには面白いものが点在しています。野菜やお米などの無人販売機なんかもありますので、のんびり郊外風情の山科を満喫してください。

 

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遊湯
2016.1.31廃業

山科区西野八幡田町12-6  営業時間:16:00〜23:00(土日祝10:00〜) 定休日:月曜日
地下鉄・京阪京津線「御陵」下車 徒歩12分 または 京阪バス「薬科大学前」下車 徒歩8分 


 

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入湯日:2004/12/19 20:00
    2005/01/19 23:00

 浴槽の水槽が印象的だった御法湯さんが、2004年12月にすぐ近くの場所へ移転され、屋号も「遊湯」と改めてリニューアルオープンされました。(すでにオープン済みです)正式オープン前にプレオープンされると連絡をいただき、早速入ってきました。場所は、以前の御法湯さんから徒歩1分ほど。詳しくはMapFanWebで確認してください。駐車場は今のところ角の空き地が利用できます。
 実はここは工事中に、中に一度入らせていただいていたのですが、完成した建物を見るのはこの日が初めて。町家風と聞いていたのですが、まさにそのイメージでした。「遊湯」と書かれた真新しい看板も清々しく、引き戸を開けると正面にフロントがありますが、ちょっと温泉宿の帳場風でもあります。この日はご主人も玄関先に立ち、挨拶をされていたのですが、ユニフォームも作務衣風でビシッと決めておられました。
 さっそくにと脱衣場に入ったのですが、これまたビックリ。ロッカーがありません。温泉旅館のような棚に脱衣籠が並んでいるのです。この銭湯のイメージを覆す演出、聞くところによると温泉をイメージしたのはもちろんのこと、設計も従来の業者とは全く違うところから探してきたとのこと。なお貴重品はフロントでちゃんと預かってくださいますのでご心配なく。
 さあ、お風呂です。奥の浴室には長い廊下で繋がっているのですが、その横手はひろ〜い露天風呂。遊湯さんの最大のウリです。この日は、建物向かって左手の洋風のお風呂が男湯だったのですが、週替わりで男女シフトするとのこと。もう片方は岩風呂になっているそうです。
 露天風呂は本当に広いです。まん中に観葉植物が置かれているほか、BGMでは鳥のさえずりが流れ、浴槽は半分ずつ深浅分かれているのですが、所々に陶器の椅子が沈められていて半身浴も出来るようになっています。お湯は温泉の素が入れられ少し濁り湯になっていてこれまたなかなか。空を見上げれば全面開放ですので、開放感は抜群です。
 そして忘れてならないのが、男女壁に組み込まれた鯉の水槽。男女それぞれの側から約2mずつ見えるようになっているのですが、全長4m近い水槽です。そこに最大80センチ級の錦鯉が泳いでいるのですから壮観です。
 奥の浴室はやや手狭な感じですが、カランがプッシュ式の温水になっていたり、やはりここでも銭湯というイメージはありません。設備としては、ゆったり5人ほど入れるスチームサウナと、シャワーコーナー、ジェット付の深浅半々の複合浴槽です。スチームサウナは、蒸気発生装置がステンレスのいかついもので、観察者としては初めて見る興味深いものでした。
 全体の雰囲気がかなり普通の銭湯と違うので、なにかなあと思っていたのですが、気づいたのはここ遊湯さんでは普通のタイルが全く使われていません。御影石と思われる石版が多用され、10センチとか20センチ角のタイルは全く使われていないのです。こんなところも、銭湯を手掛けていない業者ならではですね。観察者としてはかなり面白いです。
 風呂上がりですが、2階に作られた飲食コーナーへ。無料エリアでないのが残念ですが、「なごみ」というちゃんと店名まである、これはまさにお店です。椅子席に加え、畳の座敷もありかなりスペースが割かれています。メニューも麺類から、カレーなどの軽食まで豊富で、アルコール類も日本酒や焼酎まで揃っています。一番驚いたのは、ボトルキープまであるところ。居酒屋ですな、これは。
 
 プレオープンの夜に行ったので、画像が用意できなかったのですが、近いうちにもう片方の岩風呂の方にも入りに行きたいと思っています。いやいや、銭湯のイメージを大きく逸脱していて面白いですよ、ここは。ちゃんとオンリーワンな銭湯に仕上がっていました。


 オープンから約1ヶ月、週替わりでシフトするまだ入っていない方の浴室を体験すべく2回目の訪問です。
 入口脇には、営業時間のほか、駐車所の案内や、2階の飲食コーナー「なごみ」で飲み放題\4,000-の宴会もできますよという貼り紙も出ていて、営業してますよという香りがプンプンします。プレオープンとは、また違った雰囲気です。
 中にはいるとこの日のフロントは息子さんかな、中学生ぐらいの男の子が一人で番をしていました。なかなか親孝行な息子さんだ!貴重品を預け、脱衣場へ。
 今回は、前回と反対側の向かって右側の方ですが、御法湯さんのアナログ体重計(朝日衡器の寺岡式)が、こちらに移住してきていました。目に付きやすいところに、2階のメニューなども貼り出されています。ちなみにドライヤーは無料です。
 浴室は基本的にどちらの浴室も同じ造りですが、違うのはサウナと露天風呂。サウナは、向かって右側は低温のスチームサウナで、温度計は35度、湿度95%を指していました。換気扇のようなところから、スチームが出てくるような仕掛けで、サウナの室内には、機械は置かれていません。かなりのんびり入れますが、普通のサウナに慣れてしまっていると物足りないかもしれないですねえ。
 露天風呂は、こちらは岩風呂風。しかし、イメージしていた岩風呂とはちょっと違い、ごつごつとした岩ではなく、全て黒っぽい石版で造られていました。以前ご主人が石を選びに今度行ってくるとおっしゃっていたのは、この石のことでしょうか。よく見るとまだら模様の味のある石です。設備としては、こちらの露天には、隅の方にボタン式の打たせ湯が用意されていました。
 ひとつ驚いたのは、プレオープンの時にはなかった、露天風呂を1/3ほど覆う屋根が新たに出来ていたこと!いつの間に!安っぽくないちゃんと木で出来た屋根ですので、雰囲気によく合っています。
 この日は運良く露天風呂が貸し切り状態。鯉の水槽に顔を近づけてみたり、打たせ湯に打たれてみたり。ぼーっと浮かんでみたり、露天風呂を満喫してきました。
 この日は閉店間際だったので、2階は利用しませんでしたが、1階のフロントでも飲み物を販売されるようになって時間のない時や、ちょっとのどが渇いたときでも、手軽に飲み物を飲めるようにされていました。
 う〜ん、こういう独自色の強いところには個人的に頑張って欲しいなあと改めて思った次第です。

*2007年時点で週替わりの浴室シフトは中止されていました。向かって右側の岩風呂が男湯になっています。

 

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日之出湯
2007廃業

山科区西野今屋敷町36の1  営業時間:15:30〜22:30 定休日:月曜日
京阪バス「今屋敷」下車 徒歩3分 

 

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入湯日:2003/10/01 18:30

 山科市営住宅の北側の渋谷街道沿いにあるお風呂屋さんです。遠慮気味に離れた男女別々の入口の間には、コカコーラの自販機がすっぽり納まっています。建物の2階はかなり年季の入った戸板の雨戸が閉じられたまま。屋号を示す看板はありません。むむっ!この雰囲気、銭湯マニアのセンサーに引っ掛かる物があります。
 暖簾の先の、縦に筋が入った磨りガラスの引き戸を開けると左手に番台。右手に下駄箱があるんですが、かなりの狭さです。しかも右手の下駄箱はただの棚で、ロッカーはありません。番台は物置になっていて、おっちゃんは男湯側に座っているのですが、「すいませ〜ん」というと見つめ合う二人は、しばしの沈黙(笑)。ほとんどが顔見知りの常連さんなのでしょう。
 脱衣場も入り口付近に負けていません。なぜか壁から離して置かれたぶら下がり健康器。その横には通販で売っていたステッパー。番台の前には明治乳業の冷蔵庫。番台上には古びた2匹の招き猫。壁際には物置になっている2階に繋がる細い階段。階段の登り口に窮屈そうに置かれた石田の貫匁併記の体重計。この辺りまでなら大体想像の範疇ですが、これからです。
 このお風呂屋さんには、脱衣籠を入れるロッカーがありません。棚です。階段の下に木製の棚が5段あり、そこに脱衣籠を置くようになっています。これは初めて見ました。昔はこういう感じだったんでしょうが、今は平成15年。まだこんなところが残っていたのです。
 他にもこのお風呂屋さんには、興味深い物があります。テレビは男女仕切の浴室側に置かれているのですが、音声は男湯に1個、女湯に1個取り付けられたaiwa のスピーカーからステレオで流れています。このシステムの中枢は男湯側の仕切壁のところにあるのですが、ごっついアンプにカセットデッキ。う〜ん、間違いなく昭和の大きさです。そのほか脈絡のない装飾品として男湯女湯それぞれの入口に、ディズニーキャラクターのでっかいジグソーパズルが掛けてありました。
 この雰囲気、小ぶりな浴室にも共通する物があります。まず浴槽ですが、男女仕切側に懐かしいタイル使いの浴槽がひとつあるのみです。1/4ぐらいが浅くなっていて、その部分とを分けるように水中にパイプが通してあるのですが、浅い部分はどう見てもゆったりと入るというほどのスペースは無く、子供用のスペースの様です。お湯は少しだけ組まれた岩の間から出るようになっていました。また、中央部に一カ所からだけ泡が出るようになっています。
 洗い場は排水用の溝が縦横に掘ってあります。この造りは間違いなく昭和40年代以前の改装でしょう。また天井は四角錐型の鉄骨の骨組みに、波形トタンが貼ってあるという強者天井です。
 この浴室でまず目に付いたのは、男女壁の上に置かれた金属製の機械です。怪しいなあと思っていたら、脱衣場側にせり出したシャワーコーナーの中に効能書きがありました。その名も「パールオゾン温泉装置」。パールオゾンてなんやねん!と思わず言いそうになるこの機械。松清コオルヒイテイング(すべて大きい文字)という会社のものでした。うさんくささがたまりません(笑)。
 あと特筆すべきこととして、この浴室に入り最初どこに座るか迷いました。何故かというと普通水とお湯セットになっているカランがセットになっていないんです。水のカランはお湯のカラン2個に対して1個しか付いていません。お湯のカランの前に鏡があるのと、シャワーもその位置に合わせてあるので、納得しました。かなり不便に思えるのですが、お湯のカランは実はぬるめのお湯が出るので、水のカランは実質的に使いません。
 長々と書いてしまいましたが、それほどインパクトの強いお風呂って事です。一見の価値有り。


 扇湯さんの所で、山科本願寺の歴史について触れましたが、日之出湯さんの近くにも、山科本願寺の名残を伝える史蹟があります。日之出湯さんから、西に200mほど行くと西野道の交差点に出ますが、ここに「右 蓮如上人御往生旧地」と刻まれた石碑が立っています。そこから南へ300mほど行けば、蓮如上人が往生された西方寺です。蓮如上人にとって山科は思い入れのある土地だったのでしょう、死期を悟ると大坂から山科に戻り、最期を迎えておられます。
 境内には「蓮如上人放鶯の像」という銅像がありました。なんでも病気療養中の蓮如に弟子が鶯を籠に入れお見舞いしたところ、上人は「鳥類だに、法を聞け、法を聞け(ホーホケキョ、ホーホケキョ)と鳴く。なんぞ同行聴聞せざるや」と弟子を戒め、鶯を放たれたとの故事によるものだそうです。この故事により、西方寺の号は「放鶯山」となったということです。静かなお寺ですが、散歩がてらにどうぞ。(←見にくいですが蓮如上人の傍らに、鳥かごがあります)

 

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扇湯
2005.2.20廃業

山科区西野今屋敷町1の1  営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
地下鉄「山科」下車 徒歩9分 または 京阪バス「地蔵寺」下車 徒歩2分 

 

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入湯日:2003/10/08 18:30

 山科の渋谷街道と安祥寺川が交差するところにあるお風呂屋さんです。裏に大きな駐車場がありますので、車でも便利です。
 外観は町中のお風呂屋さんとはやや違い、入り口付近にには植え込みがあり大きな庭石なんかも置かれています。暖簾をくぐると玄関スペースの正面には「湯扇」と書かれた立派な看板が掛かっています。ちゃんと書かれた方の名前入りで、昭和40年と年号も入っていました。この看板の両脇には、脇を固めるように宝船の絵が描かれた大入り額も掛かっています。
 脱衣場は古くもなく新しくもなくといった感じで、結構ゆったりとした感じです。道路側のベンチ付近だけ最近の改装の様です。男女仕切の上には黒い招き猫。番台上には、何か不明ですが縁起物らしき置物がありました。天井には天井扇が付いています。
 あまり見ない物として、男女仕切の鏡広告に銭湯設備メーカーとして有名な「鶴亀温水器工業」の広告がありました。正しくは「京滋鶴亀温水器工業」だったんですが、山科の日ノ岡にあるようです。
 飲み物関係は、男女仕切側に雪印マークの冷蔵庫があり、隣には同じく雪印のアイスクリームのケースもあります。でもですねえ・・・牛乳関係は森永でした。風呂上がりにコーヒー牛乳を飲んだのですが、値段は80円。かなり良心的な値段です。
 浴室の方は、蒲鉾天井なんですが盛り上がりの大きい天井で、加えて湯気抜きも大きく開放感のある空間です。また男女壁と逆サイドはほとんど窓になっていましたので、明るい内に来るとさらに開放感が増すように思います。
 浴槽は、中央に深風呂、浅風呂を備えた主浴槽、脱衣場側に泡風呂とジェット2カ所を備えた浴槽、奥に浴室内の空間に小屋を建てたような感じで6人ほど入れるスチームサウナと水風呂という構成です。カランは全てシャワー付で、周りにずらっと24カ所並んでいます。主浴槽は、奥の深風呂から浅風呂、さらに排水口と段差が付けられ流れるようになっていました。この流れ風呂の仕掛けは京都の西陣にある相生湯がまさに段々畑状になっているのですが、水面に浮いた垢やゴミを流すという目的があるようです。また脱衣場側の浴槽の湯口は、鉄格子の様な湯口でしたが、これとよく似たものを東京ではよく見掛けました。京都ではあまり見ない物です。また水風呂の水吐きがちょっと巣箱チックなものでした。
 タイル使いで特徴的だったのは、主浴槽の外側です。花柄のタイルで、色使いなどがマジョリカタイルを彷彿させる感じのものでした。
 珍しく早い時間帯に行ったのですが、なかなかの賑わい。男女壁を挟んで会話が飛び交う扇湯でした。


 今回の周辺案内は時代を遡りまして、室町時代の頃。京都では応仁の乱があった頃のお話です。親鸞を宗祖とする浄土真宗は、8世蓮如の時代になり、その勢力を大きくしていました。東山にあった本願寺も戦乱で焼け落ちるのですが、その後蓮如は1478 年に山科の地に移り、1483年南北1km、東西0.8km(諸説ある)という広大な山科本願寺を建立します。周囲には濠をめぐらし、その中に都市機能を備えた寺内町です。蓮如は1499年に亡くなるのですが、その2代後、証如の時代に、勢力を伸ばしていた法華宗に対抗するため、政権争いの渦中にいた細川晴元と手を組みます。しかし、勢力を増した浄土真宗門徒は細川方とも対立するようになり、京都の法華宗信者や延暦寺、細川軍と対立を深め、1532年山科本願寺は焼き落とされ、摂津石山本願寺と移っていきます。この間山科に本願寺があったのは、わずか50数年のことです。
 しかし山科の地は、浄土真宗にとっては聖なる地でもあり、現在でも東御坊、西御坊の両別院が残るなど、山科本願寺の名残を感じることもできます。
 長々と説明に費やしましたが、扇湯のある場所は山科本願寺があった場所のちょうど北東角に当たります。扇湯から安祥寺川の東側を南に300mほど行けば、蓮如のお墓もありますので、散策の折にはどうぞ。(←蓮如廟)
 おまけですが、東御坊の南門から数十m南に石組みの大きな土台が置かれた空き地があります。何かなあと思い、向かいの家の前で植木の手入れをされていたおじさんに聞くと、戦前蓮如さんの大きな銅像が建っていたとのこと。しかし、戦争が激しくなり、金属供出で供出され、その後再建されずに今日に至っているということでした。これで謎が解けてめでたし、めでたしかと思いきや、この西村さんというおじさん実は歴史マニア。戦前、銅像が建っていた時の写真から、山科本願寺の絵や山科の地誌の本まで持ち出してくださり、話すこと小一時間。濃い時間でした。
 戦前の蓮如像の写真では、今では住宅で全く見晴らしの利かない音羽山が像の後ろに写っていたり、山科駅近くに住んでいたおじさんは、この近くにある山階小学校(山科で一番古い)に通っていたなど興味深い話もいろいろ聞けました。ちなみにおじさんは、山科駅近くの「竹湯」に通っていたそうです。みなさんもタイミングが良ければ、話が聞けるかも知れませんよ。(→東御坊境内の蓮如像。この何倍もあるものが南門近くにあったそうです)

 

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千鳥湯
2009.9.30廃業

山科区御陵下御廟野町18  営業時間:16:00〜22:00 定休日:月曜日
JR・京阪電車京津線・地下鉄東西線「山科」下車 徒歩5分 

 

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入湯日:2003/05/11 22:00

 山科2軒目は千鳥湯です。ここは、以前山科疎水の方から下って来て、たまたま見つけたお風呂屋さんです。安祥寺川の畔に建っていて、前の橋の上に一台なら車が置けます。外観は、玄関スペースの屋根が千鳥破風になっていて、ひときわ目を引きます。そうなんです!千鳥湯に千鳥破風という演出です。
 その千鳥破風の玄関スペースは、懐かしいタイル使いでS字に段が付けられ、下駄箱で男女が仕切られた格好になっています。引き戸から脱衣場に入ると、簡単な設えの番台があり、古い造りの空間が広がっています。天井からは、小さな3枚羽の扇風機がぶら下がっていたり、番台の上には、ブレーカー類を集めた木の板が打ち付けてあったり、なかなか時代を感じさせます。そんな中で、これはと思わすのは欄間で、男女仕切の上にある細かい格子状のものや、浴場側に付けられた川面に千鳥が飛ぶ意匠のものは、十分に見応えのある一品だと思います。私の脳は、お風呂屋さんに洗脳されているので、「千鳥」と聞くと「破風」と答えてしまいますが、欄間は正当派でちゃんとかわいらしい川千鳥が飛んでいました。
 浴室の方ですが、こちらも男女壁以外は白タイルの懐かしい感じの浴室です。洗い場が13カ所ですので、それほど広くはありません。右手に、壁の中に増設されたような形で5人ほど入れるサウナがあり、脱衣場側にライオンの水吐き付水風呂、奥の壁に沿って青い入浴剤が入った泡風呂、電気風呂、縦2連と横2連ジェットが1カ所ずつある浅風呂が並んでおり、男女壁側に少年がまたがる鯉の口からお湯が出ている深風呂があるという構成です。サウナは珍しくα-station(京都のFM)の音声がBGMで流れていました。このお風呂でびっくりしたのは、カランのお湯の熱さです。気を付けないと火傷します。多分いままでで、一番熱いと思います。
 私の行ったのは十時頃でしたが、あまり広くない浴室に、結構入れ替わり立ち替わりお客さんが来られ、賑わっていました。私が行ったとき、幼稚園ぐらいの女の子がお父さんと来ていて、数を数えながら湯船に一緒に浸かっている姿がなかなか微笑ましく、和んでしまいました。
 千鳥湯に千鳥破風と千鳥の欄間。なかなかいいじゃありませんか。「千鳥」と聞いて、「破風」と答えてしまうあなた!入りに行くしかないでしょ。

 千鳥湯は、安祥寺川と旧三条通りの交差するすぐ北側にあります。この旧三条通りですが、そう!江戸時代の東海道です。さすがに今は車が頻繁に走る道ですが、少し歩けば昔の街道筋を思わす建物もいくつか残っています。千鳥湯から西にしばらく行ったところには、「右ハ三条通、左ハ五条橋」と書かれた道しるべもあります。五条橋と書かれた下には「六条大佛」の文字も見られますが、これは多分三十三間堂周辺の正面湯で書いた方広寺の大仏ですね。
 さてさて、さらに旧三条通を西に行けば、ちょっと一昔前のラブホテルのような建物が見えてきます。でもラブホテルではありません。「ローヌ」(9:00〜20:30無休)というチーズケーキが有名なケーキ屋さんです。ここのチーズケーキは、シュワシュワっとした軽い感じですので、チーズケーキが苦手な方でも結構いけるような気がします。上にチーズケーキが乗ったプリンなどは、一口で二度おいしい一品です。この本店以外にも、山科駅前のラクトにラクト店(10:00〜20:00無休)、四条烏丸近くの烏丸京都ホテルの隣に烏丸店(10:00〜20:00日休)がありますので、近くにお出かけの際は是非ご賞味を。
(↑チーズケーキとチーズケーキが上に乗ったプリン(名前失念))

 

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竹湯温泉
2008.10.31廃業

山科区竹鼻外田町16  営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
JR・京阪電車京津線・地下鉄東西線「山科」下車 徒歩5分 

 

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入湯日:2003/06/13 23:00

 山科駅前から旧三条通りを300mほど東に行ったところにあるお風呂屋さんです。暖簾は男女一枚ずつ掛かっているのですが、暖簾をぶら下げるために鉄の棒が上から延びてきているのが印象的です。
 暖簾の先の引き戸を開けようとしたらこれが自動ドアです。このドアを開けると、土間に番台のある古い造りの脱衣場が広がっています。と書くと、道路から脱衣場丸見えちゃうん!と思われるかも知れませんが、一応目隠しに籐で出来た衝立が置いてあります。
 装飾品類としては番台上に、神棚。浴室側の壁には竹湯と書かれた銘木板が掛かっています。また、さりげなーく掛かっているカレンダーは、昔の京津線の2両編成の電車の写真を貼り付けたものでした。珍しいところでは、脱衣場中央に置かれたベンチの脇に、傘立てを火鉢にしたような円柱形の灰皿が置かれていました。また男女仕切の鏡の所には、旧三条通の商店街で毎月やっておられるミニシアターの案内や商店街イラストマップが置かれていました。
 浴室は、中央にジェットと泡風呂付きの浅湯、深湯、泡風呂の薬湯(この日はラベンダー&カモミール)を備えた主浴槽があり、両サイドにカランが並んでいる造りです。入口にはシャワーコーナーも設置されています。奥には5人ほど入れる遠赤サウナと、サウナの手前に水風呂、サウナの横に電気風呂があります。サウナは珍しくBGMにAMラジオが掛かっていました。
 浴室内の様子ですが、ここは竹湯。ということで演出にかなり竹を意識されています。水風呂の壁面には、竹の形をした緑色のタイルを使っておられますし、カラン列の鏡の上には2筋のラインが、同じく竹の形をしたタイルで作られています。また壁面と屋根の境目に緑のラインが入っているのも竹を意識しての様に思います。
 帰ってきてお風呂巡りの先輩である
いのきんさんの入浴記を読むと、シャワーコーナーの床に踏み竹があったとの記述があるのですが、私は不覚にも見落としていました。実はこのお風呂屋さんには、滋賀の友人と山科駅前で飲んだ後に行ったのですが、結構酔っぱらっていたことがこれで判明しました(笑)。
 そんな見落としがあったにも関わらず、気になったことがあります。このお風呂屋さんは、黄色のケロリン桶が置かれているのですが、側面に「竹湯温泉」と名前が入っています。表の看板も「竹湯温泉」になっていました。「竹温泉」とならずに「竹湯温泉」となる辺りが摩訶不思議です。
 お風呂上がりの水分補給ですが、ここでは四面体の冷蔵庫に入っていたフルーツ牛乳を飲みました。上代80 円は、他のお風呂屋さんに比べ安い設定です。
 山科駅から歩いても数分の距離にある竹湯温泉。もし行かれたら、私の代わりにシャワーコーナーの踏み竹を確認してください(笑)。

 
 脱衣場にあった「山科三条商店街イラストマップ」ですが、地元商店街が山科にある橘女子大学と協力して作製された手作り感あふれるイラストマップです。旧東海道沿いにある三条商店会は、西は千鳥湯で紹介した「ローヌ」から、東は竹湯温泉の辺りまで約1Hのなかなか元気な商店街のようです。
 私は知らなかったのですが、松竹新喜劇の藤山寛美さんのお宅がこの商店街近くにあったそうで、山科駅前から西にしばらく行ったところにある「リカーコレクション龍野」という酒屋さんの2階では、毎月第一水曜日の午後7時半から「寛美シアター」と題し藤山寛美さんの出演作品を無料で上映されているそうです。
 またこの酒屋さんでは、平成5年から「龍野落し語の会」と題した落語会も定期的に続けておられるそうです。詳しくは
リカーコレクション龍野さんのホームページがありますので、そちらをご覧下さい。

 

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東湯
2008.10.31廃業

山科区四宮大将軍15  営業時間:16:00〜23:00 定休日:月曜日
京阪電車京津線「四宮」下車 徒歩2分 

 

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入湯日:2003/09/25 21:30

 京阪電車京津線の四ノ宮駅から真っ直ぐ南へ100mほど行ったところにあるお風呂屋さんです。玄関回りは改装されていて、左脇に自動ドアの入口があり、中はフロント形式になっています。フロントは男湯と女湯を分けるようにまん中に造られていて、奥には5人ほど掛けられるイスとテーブルがあり、風呂上がりはテレビを見たり、スポーツ紙を読んだりしてのんびり出来ます。飲み物はフロント前に冷蔵庫がありました。
 脱衣場は小振りであっさりといった感じです。男女の仕切やロビーとの壁は高さ2mちょっとの仕切壁といった感じで、天井はロビーと脱衣場一体ですので広さの割に開放感は確保されています。装飾品の類は、男女仕切の上に金の招き猫が一匹。首には紅白のリボンが巻かれていました。
 浴室の方は、まず入ったところにリスが持つ木の実からお湯が出る湯口がついた掛かり湯用のお湯溜めがあります。浴槽の配置が京都としては珍しく奥の壁側全面から男女壁に掛けて並んでいます。カランは両側とまん中の島カランという並びです。
 サウナは脱衣場側にせり出す形で4〜5人サイズのものがあり、脱衣場への扉を挟んで一人サイズの水風呂があります。この水風呂ライオンの水吐き付で、さらに泡風呂になっています。水温はやや冷たさに欠けましたが、泡風呂はなかなかです。
 奥の浴槽は、深風呂、電気風呂、浅風呂を兼ねた大きな浴槽と泡風呂が並んでいます。泡風呂は薬湯かと思ったんですが、どうも普通の白湯のようで、ぬるめに設定され温度差だけ付けてありました。浅風呂の部分には、泡風呂、ジェット、黄色のライトの装置が付いています。また電気風呂には、裸婦の膝に置かれた瓶からお湯が出る湯口が付いています。この湯口ですが、子供を抱いています。この子供抱きバージョンの裸婦像はあまり見掛けません。珍しい物です。
 この浴室の特徴としては、照明に白熱球色の電球が使われています。全体的に柔らかい感じの光になっています。それに合わせてか、壁のタイルも真っ白ではなく、ややクリーム色掛かったものが使われていました。タイル使いといえば、男女壁の突き当たり辺りだけ竹の形をしたタイルが使われていました。これって隣風呂の竹湯と同じだったような・・・。
 それはさておき、このお風呂屋さんに私が行ったのが9時半頃だったのですが、行ったときは洗い場がほとんど埋まるぐらい混雑していました。多分十人以上浴室にいたと思います。なかなかの盛況ぶり!この辺りはまだまだ銭湯人口が多いんでしょうかね。私が出る頃には、混雑も一段落。ロビーでコーヒー牛乳を堪能してきました。


 東湯は京都市の東はじ。あと300mほど東に行けば、滋賀県大津市になります。普通県境といえば、川が流れていたり、山の稜線だったりするんですが、ここはいつの間に!と思うほどの感じで、隣の県ではなく、隣の町内に行くような感じです。お時間があれば、旧三条通りを数分歩けば滋賀県に行けますのでお試しを。
 さて旧三条通を、逆に山科駅の方へ行くと、道沿いに六角形の大きな祠が建っています。京都六地蔵巡りのひとつに数えられる山科地蔵(四宮地蔵)です。京都六地蔵巡りは、京都から出ていく各街道沿いに設けられているのですが、ここは東海道のお地蔵様というわけです。
 祠に安置されたお地蔵様は、普段は格子の窓から拝まして頂く形になりますが、この祠に掛けられた奉納の額はなかなか味のあるものです。
 明治20年、業栄組奉納の額には、短歌形式の歌が詠まれており、「みちびきたまえ、みぎの浄土に」と書かれています。なかなか粋な感じの額ですね。その額に山城国宇治郡四ノ宮村との文字もありました。この辺りは当時宇治郡だったんですね。
 四ノ宮から山科駅までは、歩いても10分ぐらいですので、よければ旧三条通りをぶらぶらどうぞ。途中四ノ宮の地名の由来ともなる諸羽神社など、脇にちょっと入れば史蹟など見所も点在しています。

 

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東野湯

山科区東野百拍子町27の3  営業時間:15:45〜22:00 定休日:月曜日
地下鉄東西線「東野」下車 徒歩5分 

 

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入湯日:2003/11/02 21:30

 国道一号線の醍醐街道を南に300mほど行くと「ゆ」という看板が見えて来る街道沿いのお風呂屋さんです。なかなか趣のある外観で、入口はまん中に植えこみがあり、男女の入口が「ハ」の字型に左右に分かれています。まん中の植えこみには太い1本の木があり、庇を貫いて大きく茂っています。
 玄関スペースは、通路で男女が繋がっているのですが、まん中にユリのようなラッパ状の花がたわわに咲いた鉢があり、行き来できないようにしてありました。
 脱衣場の方も、なかなか趣のある空間です。天井は大きめの格子の格天井で、壁は漆喰の塗り壁です。男湯側に2階に上る階段があり、その下がロッカーになっているのですが、このロッカーも古い木製で、半分磨りガラスになった小窓がいい感じです。籠は竹枠の柳行李ですが、律儀に籠の番号と、ロッカーの番号を合わせて最初からロッカーに入れられていました。
 この脱衣場で目を引くのが、浴室側に掛けられた書の額です。「泉温野東」と右から書かれ、横に「昭和四年橋本氏創業」と書かれています。女湯にも同様の物が掛かっていました。後で女将さんに聞いたところによると、「うちらは戦後に移ってきました」ということで、最初に普請した人が書かしたんやろうなあというお話でした。
 他に気になった物として冷蔵庫です。京都では「FUJI」と書かれたものと「宝飲料」と書かれた物が大多数ですが、ここのは「トップビタシー」「パレード」と書かれ下に、京都市乳酸菌共同組合と書かれており、初めて見るものでした。パレードの下には、グレープ、オレンジ、コーヒーと3種類のフレーバーが書かれていましたが、パレードにグレープなんてあったんですねえ。
 浴室はこぢんまりとしており、中央に奥の壁まで続く形で深風呂とジェット2箇所付き浅風呂の主浴槽があり、右奥に電気風呂があるという構成です。浅風呂と深風呂の間に御影石の湯口があります。水風呂はなく、シャワーコーナーが脱衣場側にありました。こういうこぢんまりしたお風呂屋さんの場合、お湯が熱いことが多いのですが、ここも予想通りにかなりの熱さです。久々に水の蛇口をひねりうめさせて頂きました。
 私が行ったのが9時20分ぐらいで、お客さんは私を含めて男湯に4人。10時閉店なんですが、9時40分ぐらいに、ジェットと湯口のお湯が止まり、50分ぐらいに脱衣場に出ると女湯の電気は既に消されていました。10時に完全閉店ですので、行かれる際は早めに出掛けましょう。
 最後もうちょっとゆっくりしたいところでしたが、なかなか趣のある東野湯さんでした。


 東野湯さんのある辺りの醍醐街道は、一応「東野繁栄会」という商店街になっているのですが、街灯だけが商店街であることを示していて、お店の方はまばらに点在しているだけです。この醍醐街道は、外環が開通するまでは、山科の南北を繋ぐ主要道路で、山科駅近くでは「山科京極」という商店街になっている道です。東野湯から少し南に行ったところには、旧街道の名残を示す常夜灯が建っていますので、街道の面影を求めてちょっと歩くのもいいかも知れません。
(→東野湯近くの常夜灯。行灯が乗ったような形)
 周辺案内としてふさわしくないかもしれませんが、東野湯さんから南へ行き、郵便局の角を東に曲がると、正面に京都刑務所の正門が見えます。おそらくそれと知らない人が見ると、文化会館か美術館かと思うような、きれいな建物です。刑務所の一般的なイメージといえば、高い塀に囲まれたところを想像しますが、京都刑務所の場合、敷地の西側は官舎などが建ち並び普通の団地のような感じです。そうは言っても、普段生活している分にはあまり関係のないところなんですが、一カ所だけ一般にも開放されているところがあるんです。正門を入り、門衛さんの建物に「刑務作業品展示場」というのがあり、平日の10時ぐらいから午後3時ぐらいまでは、自由に展示場を見学出来、販売もされています。残念ながら私が行ったときは、閉まっており中まで見れなかったんですが、各刑務所の刑務作業品は
オフィシャルなホームページで紹介されています。興味のある方は、社会見学も兼ねどうぞ。あまり興味本位はよくありませんが、正門横には出迎えは5名以内、車両は2台以内などと書かれた出所出迎えの方への注意書きなんかもあり、ドキドキしてしまいます。
(↑京都刑務所の正門)

 

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山科湯

山科区東野南井上町9-8  営業時間:15:30〜23:00 定休日:月曜日
地下鉄東西線「椥辻」下車 徒歩10分 または 京阪バス「大宅打明町」下車 徒歩2分 

 

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入湯日:2003/11/01 22:30

 国道大塚から奈良街道を南に行き、府営住宅とコンビニの間を西に入ったところにあるお風呂屋さんです。私は行く際に、外環のヒカリ屋の北側から入って行きました。山科湯の近くまで行けば団地の灯りと商店街の灯りで心配要りませんが、こちらからだと刑務所の高い塀の横を通り、墓地の周りをぐるっと廻って行かなくてはいけないので、夜道はあまりお勧め出来ません。
 さて、山科湯ですが外観は特に古くもなく、新しくもなくといった感じですが、玄関スペースの屋根が緩やかな唐破風になっています。簡単な庇程度の唐破風ですが、中にはいると木材を唐破風の形に合わせて切り出してあるのが良く分かります。
 脱衣場はゆったり目で、中央に一畳分のベンチがあり、道路側にも板の間の休憩コーナーがあります。庭はホントに猫の額程度ですが、縁側状の廊下もあります。
 装飾品の類としては、男女仕切に黒い招き猫と戎さんの福笹、ロッカーの上に大入り額、脱衣場に競る出す形で造られたサウナの上に古い神棚がありました。大入り額は招き猫と宝船が描かれた横長の物で、浴場組合の前組合長ともうひと方との連名でした。実はこの山科湯さんは、現組合の理事長さんのお風呂なのです。(書かない方が良かったかな。スイマセン。)
 飲み物類は、番台横に四面体の冷蔵庫にビールなども入っています。また、雪印マークの冷凍庫もあり、アイスも販売されています。
 浴室の方は、男女仕切に沿って浴槽が並び、中央に両面カランの島カランが一列という配置なんですが、特徴はなんといっても奥にある岩風呂風の浴槽です。浴室内にありますが、壁面に岩を組み、泡風呂付きの岩風呂になっています。お湯も岩の間から流れるようになっていて、なかなか本格的です。泡風呂としては、あまり強力ではないんですが、入ると何故かモーターの振動が・・・。意図された効果ではないと思いますが、おまけでバイブレーション効果もあります(笑)。
 男女壁側は奥から、電気風呂、深風呂、浅風呂、水風呂という配置で、深風呂と浅風呂の間には、膝に瓶を乗せた女性の湯口が付いています。水風呂は、1/3ぐらいが深くなっており、高い位置に水吐きがあるので、打たせ水としても楽しめます。
 あと、なかなか力を入れていられるのがサウナで、この規模のお風呂屋さんとしては珍しいガス遠赤サウナです。定員は5人といった所ですが、有線が流れなかなか人気の様でした。
 風呂上がりは、久しぶりにビン入りのコーヒー牛乳を選択。閉店間際までのんびりとしてきました。


 山科湯のそばを通るのが奈良街道。東海道から別れ、宇治を経由して奈良まで続きます。国道一号線から奈良街道に入り、新幹線の高架下近くには「ひだりおおつみち みぎうじみち」という道標も残っています。また、土塀の残る民家など、なかなか風情ある光景が残っているのもこの街道の特徴です。
 そんな中で、街道沿いに京都市内で唯一という史蹟が残っています。山科湯さんからですと、奈良街道に出て10分ちょっと南へ向かい、名神高速道路の高架手前に「一里塚」があります。京都市の看板によりますと、慶長9年(1604)に徳川家康が諸街道の修理と一里塚築造を命じ、これ以降一里塚には、塚状に盛った土の上にエノキが植えられ整備されたとのことです。私は一里塚といえば、今で言う約4kmごとの目印ぐらいにしか思っていなかったんですが、設置する際は街道の両側に対で造られたそうです。現在残っているのは、その片側だけで、場所も駐車場の片隅という昔の面影は知るよしもないような場所ですが、小さな祠が祀られている姿は道中の無事を祈る気持ちが伝わってくるようです。
 奈良街道は、道幅の割に交通量が多く、路線バスも頻繁に通りますので、散策の際には充分ご注意を。

 

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