桜湯

上京区中町通丸太町上ル俵屋町454 営業時間:16:30〜24:00 定休日:月曜日
市バス「河原町丸太町」下車 徒歩1分 または 京阪電車「丸太町」下車 徒歩3分

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入湯日:2002/07/03 22:30
    2003/05/21 22:30
    2007/02/08 23:00

 河原町丸太町を一筋東へ行き、少し上がったところにあります。看板の一番上は「ゆ」と書いてあるのですが、その下はお茶やらお花の教室の看板になっています。なんとも雑多な表示ですがそれもまたご愛敬。
 入り口の下駄箱、脱衣場のロッカー共木製の年季が入ったものです。木製のロッカーに入れる籐かごも、床にしかれた籐筵も心地よいものです。脱衣場の休憩コーナーに置かれていた雑誌(旅の手帳の増刊号、たしか京の冬の旅特集だった)によると、大正時代に開業したそうです。脱衣場の天井にはつり下げ式の扇風機がまだ現役で回っており、微風を送ってくれています。ここにも石田製の貫匁表示の体重計がありました。
 浴室の一番奥にはサウナがあり、珍しくミストサウナです。腰掛けの下から蒸気が出てくるのですが、普通に座るとおしりが熱くて1分と我慢できません。どうするかというと、入り口の所にあるマットを持って入り腰掛けに座布団の要領でマットを敷きこれで解決です。浴槽は、健康湯(バスクリン・泡風呂)、圧注湯、深風呂、浅風呂、水風呂と豊富です。水風呂の湯口はお決まりのライオンですがモスグリーンのものでした。健康湯は陶器製の女性の持つ籠から湯があふれるようになってます。風呂から上がると脱衣場で若奥さんが赤ちゃんを抱いて、番台の奥さんと世間話をしており、赤ちゃんはお客さんにあやしてもらってました。古き良きコミュニティー的安心感のあるお風呂屋さんです。


 10ヶ月ぶりに入りに行きました。マニアとして抜けていた事項を追記して置きます。(笑)
 まず、脱衣場のロッカー。普通カギはアルミで出来ていますが、ここ桜湯さんのは真鍮製です。ずしっと思い上に、ちょっと青い錆が浮いている辺り時代を感じさせます。
 あと脱衣場で特筆すべきは、男女仕切の所に飾られた招き猫です。おでこの出っ張った着物を着た人形(誰だろ?)と並んで飾られているのですが、同じぐらいに古い土人形です。飴色になった天井と相まって、脱衣場に溶け込んでいます。
 脱衣場で面白い張り紙を見つけました。美容バレイの案内です。バレイってあのトウシューズを履いてするバレイです。男湯に貼られてもなあと思うんですけど、いかがなもんでしょ。
 浴場の方では、中央の深風呂に設けられた湯口です。段々に3段になった所を流れ落ちる仕組みで、天井からは赤いライトで照らされています。
 新規開拓するには、結構遠くまで行かなくちゃいけなくなった昨今、自転車で近場を回るのもいいもんです。(2003.5.23追記)
P.S.「おでこの出っ張った着物を着た人形」は、BBSの常連ぼたにーさんが若女将に聞いてくださり、福助であることが判明しました。(2003.11追記)

 2007年1月、銭湯員さん、ちあき♪さんから、桜湯さんがきれいになったと情報を頂き行ってきました。
 奥さんに聞くと、配管の水漏れによる改装だそうですが、カラン周りが一新。石鹸置き場のスペースが御影石になり、カランも全て新しくなりました。床は以前、白い豆タイルだったのですがこれは滑り止め機能の付いた暖色系のタイルになり、浴室も暖かい雰囲気になりました。
 そして一番目を引く変更点が、桜湯名物のシャンパンタワーのような段々になった湯口。これに天然竹を使ったデコレーションが施され、レンガ風のタイルで洋風だった物が、一気に和風に。ご主人に聞くと、プラスチック製の竹でも天然竹でも値段はあまり変わらないそうですが、あえて数年でだめになっても天然竹を選ばれたところに拍手を送りたいと思います。パチパチパチ。(2007.2.17追記)

 2010年9月、な、なんと浴室の男女仕切壁に水槽が登場しました。
 実は、桜湯さんにはその昔、男女仕切壁の円柱形の水槽があったそうです。その水槽の台座を転用して段々畑状の噴水となっていたのですが、今回奥さんたっての希望ということで、四角い水槽となって登場しました。
 まだ泳いでいる鯉も体長10センチほどの小さいものですが、成長を温かく見守りましょう。水槽の下から流れ出る湯口も見どころです。(2010.9追記)

玄関スペースのタイル。カラフルな不揃いのタイルの中に、イチョウの葉の形が散らされています。

古い招き猫と並んで座っている噂の福助人形。女将さんの話によると、大正生まれのおばあちゃんの代の時から置かれているそうです。

籠は昔ながらの柳行李。窓付きロッカーも大事に使われています。

昭和初期に付けられたという三菱製の扇風機。天井は大正8年の創業時のままですが、昔は男湯のロッカー辺りに2階に上がる階段があったそうです。

石田製の貫匁併記の体重計。今回裏面にも同様の表示板があることを知りました。残念ながらこの型の体重計は、男湯のみです。

女湯側には、お釜型ドライヤーと並んでベビーベッドも健在です。

ロッカーの鍵がこれがまた古いんです。KING社製で数字は刻印されています。持つとズシッと重い真鍮製。

浴室内の様子。段々に組まれたところから、お湯が溢れ出る仕組みになっています。上からは赤いライトで照らされる仕掛けも。

(写真8枚2004/01/23追加)

 

 

 

 桜湯からすぐそばの丸太町橋の西詰南側に旧京都中央電話局上京分局が建っています。この建物大正12年(1923)竣工のレトロビルなんですが、1階には「カーニバルタイムス」というシーフードレストランが、また3階にはスポーツクラブ「エグザス」が入っています。全国にスポーツクラブは数あれど一番古い建物なんではないでしょうか。もちろん補強工事はしっかりとされていますが。

 もう一つ。桜湯から丸太町通に出る角に「狩野文京堂書店」という古本屋があります。京都は古本屋が多い町でもあります。最近ではBOOK OFFなど目利きの要らない新しいタイプの古本屋が出てきて、若いお客さんで結構賑わっていますが昔からの古本屋さんはどこもまあひっそりとしています。実際なかなか店内に入りにくい雰囲気と、各書店が専門分野を持っていてよほどその分野で捜し物をしていない限りいちげんで欲しい本に当たる確率は低いかもしれません。しかし古本市の時は別です。京都では例年3回大きな古本市があります。まずゴールデンウィークに岡崎の京都市勧業館みやこめっせで開かれる「春の古書大即売会」、そしてお盆には下鴨神社の糺ノ森で「下鴨納涼古本祭り」、10月〜11月にかけて百万遍の知恩寺境内で「秋の古本祭り」が行われます。各企画とも5日間程度開催されます。この時ばかりは、マンガから小説、全集もの、専門書までジャンル関係なく多くの古書店が出店しますので散歩がてら出掛けても楽しいものです。私は数年前の「下鴨納涼古本市」で和英・英和が一緒になったデイリーコンサイスを買って今でも愛用しています。この辞書、さら(新品)だったんですよ。なのに値段は3割ぐらい安かったと思います。こんな掘り出し物も結構あるんです。今年(2002)の「秋の古本祭り」は10月31日〜11月4日までです。
京都古書組合のホームページがありますので詳しくはそちらをご覧ください。

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錦湯
2010.3.25一旦廃業後
2010.6.5再開
2011.12.31廃業
(休業後廃業)

中京区寺町通竹屋町上ル御霊前町647の3 営業時間:15:00〜24:00 定休日:金曜日+2・4木
市バス「河原町丸太町」下車 徒歩3分

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入湯日:2002/05/23
2003/06/17

 寺町丸太町を少し下がると西側にろーじがあり、その奥にあります。一本西の御幸町通りにも錦湯の看板が出ていますので、そちらからも入れるようです。ここのお風呂屋さんは、サウナがドライサウナとミストサウナの2つあります。他に深風呂、浅風呂、薬湯(泡風呂)、電気風呂、ジェット(寝湯、腰掛け両タイプ)水風呂、シャワーブースと種類豊富です。お風呂屋さん巡りを始めて3軒目にここに行ったのですが、サウナ2つは結構インパクトありました。両方入ったらへろへろです。浴室内でバリカンで散髪している人もいて、それも結構インパクトありました。インパクトの連続です。でも、それにもめげず週2ペースでお風呂屋さん巡りは続くのでした・・・。


 一年を経ての再入浴。前回はあまり詳しく書いてないので付け加えておきます。
 基本的に脱衣籠は籐籠なのですが、ロッカーの上には屋号や名前入りの柳行李もいくつか置かれています。気になったのは、番台側の男女仕切の上に白い招き猫が置かれているのですが、なぜか柱にビニールの荷作りヒモで繋がれています。まさか逃げだしはしないでしょうにねえ。
 飲み物は宝飲料と書かれた小ぶりな冷蔵庫の中に、城南鉱泉のラムネやローヤルサニー、フルーツサワーなどがありました。ベンチが2つ置かれていますので、お風呂上がりもゆっくり出来ます。
 浴室の方は、カランが2列でずらーっと並んでいるのが印象的です。また各カランの前の床のタイルが40B四方ぐらいで色使いを変えてあるのが珍しい所です。
 寝風呂にはしっかり冷たい冷水管枕も付いていますのでしっかり書き加えておきましょう。
 さすがに今回はバリカンで散髪している人はいませんでしたが、なかなか賑わっている錦湯さんでした。
 御幸町通りからの通路を確認したところ、御幸町側から入ると途中で靴を脱ぐところがあり、そこから細い通路を寺町側(正面)の方に来ると、玄関スペースに繋がっていました。なにやらちょっと秘密めいた通路です。マニアの方は御幸町側からどうぞ(笑)。
(2003.6.20追記)


 錦湯(同名があるので注意)がある寺町通りは、散歩して飽きない通りです。アーケードは御池以南ですが、私に言わせれば、実はそれより北が面白いのです。大きなオムライスで有名なアローン、梶井基次郎の檸檬にでてくる八百卯、焼き芋ひとすじ川越芋、池波正太郎が愛した好事福廬の村上開新堂、お茶で有名な
一保堂、和紙の柿本、パンの進々堂ほかにもたくさんの古本屋、骨董品店(一部がらくたのような商品を扱っているところもあり)等々、全て寺町通りの御池〜丸太町間にあります。忘れてはいけません。錦湯も加えておきましょう。
 錦湯の前の寺町通りを歩くと気付くのですが、御池から二条までは1車線の細い道ですが、二条通りが寺町通りへ2車線道路で曲がっていきます。これは明治時代のチンチン電車の軌道跡です。ご存じの通り琵琶湖疎水による水力発電を用いて、日本で最初の電車が明治28年(1895)に京都で走りました。この2車線道路をたどっていくと明治期の路線図になるわけです。この辺りだと、寺町丸太町から府庁に行く路線と、寺町通りを今出川まで行き出町に行く路線がありました。現在の市営出町駐車場のところが広いのはその名残です。東は二条通りを岡崎まで。もともと平安建都1100年事業で岡崎で勧業博覧会が開かれ、京都駅と岡崎間の人員輸送を目的に敷設されました。京都駅と二条の間は基本的に木屋町通り沿いに線路が敷設されてました。しかし明治期に敷設されたこれらの路線は,狭軌道の線路だったため大正期には、廃線となっています。

 

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玉ノ湯

中京区押小路通御幸町西入亀屋町401 営業時間:15:00〜24:00 定休日:日曜日
地下鉄「市役所前」下車 徒歩4分

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入湯日:2002/09/10
    2002/06/05
    それ以前多数

 寺町通りの一本西、御幸町通の押小路角から2軒目にあります。新京極寺町下るの桜湯が生まれて初めていったお風呂屋さんなら、この玉ノ湯は生まれてこの方一番多く行っているお風呂屋さんです。ですので全ての基準はここにあるのです。私のなかでのスタンダードです。
 カラン数15、広くもなく狭くもなく、サウナは定員5人ぐらいでBGMは歌謡曲の有線。浴槽は、深風呂に浅風呂、浅風呂の一部は泡風呂になっています。他に電気風呂に超音波ネオン風呂(ジェットが2カ所でネオンが赤や黄に点灯している。さらにバスクリン入り)、水風呂といった湯船の種類です。水風呂はもちろんライオン口から水が出ています。個人的には超音波ネオン風呂がややぬるめで一番ゆっくり出来るポイントです。このお風呂屋さん、カランのほとんどに「マイルドウォーター」なる地下水を長時間電磁分解したイオン水が出る第三のカランが有ったのですが、今回行ったら出なくなっていました。残念。
 この辺りは昔(御池通に地下鉄が通る以前)は20〜30メートル掘れば井戸水が出ていました。うちは、御池を挟んで玉ノ湯の反対側ですが平成4年までは井戸水でほとんど炊事、洗濯、風呂をまかなっていました。生で十分飲める良質の水です。しかし最近では地下水位の低下と御池通の地下鉄の開業で特に御池通り以南は水事情が悪くなっています。
 さて玉ノ湯に戻りますが、脱衣場にはもちろん地場の飲料メーカーフジの冷ケースがあり、スコールの炭酸抜きみたいなメロン味のユーミーと冷やしあめ(共に70円)も入っています。木製の身長計もひっそりと置いてあります。今回初めて気付いたのですが脱衣場の鏡のしたの引き戸。常連さんの小物入れになっていたようです。おじさんがふつうに引き戸を開け、中から石鹸箱を取り出していたのでした。これからもよろしくです。玉ノ湯さん。

 玉ノ湯近くにも重文クラスの建物が残っています。御幸町通りを玉ノ湯から一筋上がると二条通りですが、二条下るに日本キリスト教団
御幸町教会があります。レンガ造りの三角屋根の教会で大正2年(1913)建造です。町家が多く残るこの地域の中にひっそりと建っています。教会で言えば、近くにもう一つ。柳馬場夷川下るに京都ハリストス正教会があります。こちらは趣がことなり、パステルグリーンの木造三階建ての鐘塔が目に飛び込んできます。こちらはさらに古く明治36年(1903)の建造です。和と洋がなぜかよくなじんでるこの地域であります。

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初音湯

中京区押小路通高倉西入左京町143 営業時間:15:00〜24:00 定休日:火曜日
地下鉄「烏丸御池」下車 徒歩5分

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入湯日:2002/11/07 23:00

 御所南エリアで紹介が最後に残っていた初音湯です。暖簾をくぐって何か雰囲気が違うなあと思ったら正面に油彩の風景画の額が掛かっています。ほほう、と感心しながら靴を脱ぎ脱衣場への引き戸を開けると、番台のおじさんが籐籠を立てて用意してくれました。この辺りは伝統的な接客です。
 外観もそうですが、中も改装され明るい感じです。籠は全て籐籠、床は籐筵、冷蔵庫はフジ(地場メーカー)のものです。脱衣場には朝日、京都の新聞2紙の他にも、一個人、サライ、ポパイ、Leaf(京都の情報誌)など情報系雑誌も揃っています。
 浴室内も明るい感じです。入って左手脱衣場側にせり出す形で5,6人入れるサウナがあります。BGMはJ-POP。しかもちょっとなつかしめで「ラブストーリーは突然に」(東京ラブストーリーの主題歌)が掛かっていて思わず胸の中で「かんち!」と言ってしまいました。浴槽は女湯との壁に沿って奥から、ネオンが赤や黄色に変化する泡風呂付きの電気風呂、泡風呂とジェット2カ所付きの浅風呂、深風呂、水風呂と並んでいます。近くにある玉ノ湯ではネオン風呂がジェットバスなのでそのつもりで入ろうとしたら、横に電極が付いてました。危ない、危ない。湯温は深風呂だけがやや熱めになっていました。
 水風呂はよく見る女性の膝に置かれた瓶から水が出る水吐きなのですが材質が初音湯のは人工大理石っぽい物でした。女湯との壁には2カ所、幅5,60センチぐらいのイルカのタイル絵があります。ただし2枚とも同じで新しい物です。この浴室の明るい雰囲気は、壁のタイルが新しいのもあるかもしれませんが天井にもあるように思います。天井は木目のプリントされた防水建材になっていてそれがなんとなく暖かい雰囲気を出しています。あと細かい演出としては蛍光灯の傘にステンドグラス風のシートがサイドに掛けられています。
 夜11時頃に行きましたが結構な混雑ぶりで、カランは21と多いのですがシャワー付きが9カ所なのでシャワー付きは久々に隣にもお客さんがいる状態でした。脱衣場に戻るとき、浴室前の洗面台に三本足のある大きな白いケロリン桶を発見。何故にこんなに大きいのか?初めて見ました。
 昔ながらのサービスと新しい施設がうまく解け合っている初音湯でした。帰り際、感謝の意味を込めて曲がっていた油彩をそっと直してきました。

 数の減った中京区東部でも、初音湯のある押小路通りは玉ノ湯、有馬湯と三軒が頑張っている通りです。また、押小路通りは、富小路近くには大江能楽堂、柳馬場角には蒲鉾の茨木屋など伝統を感じる店もあります。一本北の二条通は烏丸を中心に薬問屋が並んでいますし、さらに一筋北は家具屋が並ぶ夷川通りです。烏丸の一本東、車屋町通りの押小路上るにはそばのおいしい本家尾張屋、烏丸二条上るには、お香の老舗松栄堂などもあり一日中でもぶらぶらしていたいエリアです。烏丸二条上る西側にこの秋日本初の「ライスボールカフェ」がオープンしてニュースでやってましたが、残念ながらまだ行っておりません。おにぎりは、注文してから握ってくれるそうです。何を書こうかかなり迷っているのが分かっていただけると思いますが、これははずせないという
京都新聞にします。烏丸夷川が京都新聞本社です。発行部数朝刊約51万部、夕刊32万部を誇る京都の地方紙です。発行部数を見てそんなもんかなとも思いましたが、ほとんどの家庭で購読しているように思います。私の父は新聞が好きで一時期4紙を取っていましたが、減らすときも「死亡広告見んのに京都新聞ははずせへんで」という理由で不動の座を守ってきています。死亡広告以外にももちろん地域に密着したニュース満載です。京都新聞のホームページはインターネットで京都関連のニュースを調べたり、京都関連の情報収集の際には欠かせません。お風呂屋さんでもよく見かける京都新聞、京都にお越しの際には手に取ってみてください。

 

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朝日湯
2007.3.31廃業

上京区椹木町通衣棚西入ル門跡町293 営業時間:15:30〜24:00 定休日:土曜日
地下鉄「丸太町」下車 徒歩6分 または 市バス「府庁前」下車 徒歩2分

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入湯日:2002/10/09 22:30

 朝日湯は、京都府庁の近くです。京都の方には第二日赤の横と言った方が分かるかもしれません。東の方向から朝日湯に行くと朝日湯の建物が道路に出っ張り道幅が狭くなっています。どういう経緯でこうなったんでしょう?
 暖簾をくぐると下駄箱スペースで、引き戸を開けると番台になります。脱衣場、浴室ともさほど広くなくこざっぱりとした街の銭湯といった感じです。籠は黄色のプラスチック製、床は籐筵、体重計は石田の貫匁表示ですが手入れがいいのかさほど古く見えません。冷蔵庫は宝飲料のものです。浴室との境はは丸い緑の豆タイルでこの辺りは時代を感じさせます。
 浴室内は、入ってすぐ左にレンガ調タイルを貼ったスチームサウナ。それに続いて浅風呂、深風呂、ジェット2カ所&泡風呂の浴槽があります。入って右手には、脱衣場にせり出す形で水風呂があります。この水風呂、脱衣場側は全面ガラス張りで丸見えです(笑)。浴室の右側と奥の壁にカランが並んでいます。スチームサウナの温度計は52℃。先日行った同志社大学近くの花の湯のスチームサウナにあった振り切った家庭用の温度計は、振り切りながらも正確な温度を指していたことがこれで判明しました。浅風呂の湯口はひざまずいた女性の横に置かれた瓶(?)からお湯が出るものでした。
 湯船に浸かりながら天井を見るとここの銭湯構造が珍しいです。普通は左右が低くて真ん中が高い構造ですが、ここは手前と奥が低くて真ん中が高い構造です。また湯気抜きが小さく、かまぼこ型天井の奥にもう一つ湯気抜きがあります。(書きながら一般の人にはどうでもええ事やなあと、ふと思う)
 湯上がりは、やはりおふろドリンクですが、ここもレアものが豊富です。城南鉱泉のイチゴソーダ、冷やしあめ(共に50円)、サイダー、ローヤルペット(70円)等々。ダブルミンCというのが、価格表にあったのですが現物はありませんでした。城南鉱泉のサイダーは、サクラサイダーという名前なんですが、瓶にはヒシヤクールと入ってます。王冠を見ると城南鉱泉の住所が伏見区菱屋町。なるほど菱屋町でヒシヤクールねと一つ謎が解けた朝日湯でした。
 
 朝日湯の近くにも歴史的建造物がたくさんあります。まずは釜座通下立売の「京都府庁旧本館」。ネオ・ルネサンス様式の建物で明治37年(1904)建造です。さらに烏丸通下立売角の「日本聖公会聖アグネス教会」。ゴシック様式の赤煉瓦の建物で明治31年(1898)建造。建築家ガーディナーの作で円山公園の長楽館もこの方の作品です。さらに烏丸通丸太町上るの「大丸ヴィラ」。こちらは大丸百貨店社主だった下村正太郎氏が自宅として建てたもので昭和7年(1932)建造。リバティープリントで有名なロンドンの百貨店リバティーの建物に似せ、外観は壁面に柱や梁が露出したチューダー様式になっています。氏はチューダー様式をもじって「中道軒」と名付けたそうですが、いまならおやじギャグといわれそうなネーミングです。写真を掲載しようと思いましたが、烏丸通からは樹木に被われ建物がほとんど見えませんので断念しました。

 建造物ではおなかが膨れませんので味の方も少々。烏丸通下立売下るに「播磨屋本店京都店」があります。お気付きの方もあると思いますが、兵庫県播磨の名産煎餅「はりま焼き」のお店です。すいません、京都のもんじゃありません。でも大好きなんです。兵庫県生野の本店にも行きましたが、観光名所になってますね本店は。サクッとした食感といい、塩加減といいたまりません。
 播磨屋さんの南隣はJAF(日本自動車連盟)の京都支部烏丸事務所です。京都市内で救援依頼をしますと、この烏丸事務所か名神の京都南インターに近い京都支部から救援に来てくださいます。会員歴10年以上の私ですが先日もお世話になってしまいました。レッカー車の助手席に乗せてもらって10Hの牽引(涙)。烏丸事務所では現在レッカー2台、バン2台の4台体制で救援活動をされているそうです。備えあれば憂いなしとはこのことか。

 

 

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有馬湯
2010.7.13廃業

中京区押小路通新町西入頭町22 営業時間:14:30〜 25:00 定休日:水曜日
地下鉄「烏丸御池」下車 徒歩5分

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入湯日:2002/08/19 23:00
    2003/10/30 23:30

 押小路通の新町を少し西に行った所にあります。外観は白とピンクのきれいな建物です。中も改装されて全体に白が基調になっており清潔できれいな印象です。
 脱衣場に入ってまず目につくのがアールのついたガラス張りのサウナです。脱衣場にせり出すように作られており半円形のガラス張りになっています。ロッカーは見た目新しい感じですが、カゴは全て籐籠が用意されていました。
 この脱衣場なかなか充実しています。休憩コーナーには雑誌もありますし、マッサージチェアも2台あります。また飲み物は宝飲料と書かれた冷蔵庫に種類も豊富でビールも売っています。テレビは脱衣場に張り出したサウナの上にワイドテレビが置いてありますが、そのテレビに向かい合わせで、サウナの中から見れる様にもう1台テレビが置いてあります。体脂肪の計れる体重計に身長計まで揃っています。
 浴室内は、白の人工石で洗面台、浴槽が作られており明るい感じ。入ってまず右にシャワーコーナーと水風呂があります。水風呂は泡風呂になっており、打たせ水もついています。サウナに並んで洗い場があり、深風呂、電気風呂(泡)、浅風呂(ジェット)、薬湯(ジェット)になっています。洗い場で隣になったおじさん2人組。話題は地蔵盆。マンションが建ち子供が増えた話にはじまり、福引きの景品は安いもんではこどもは喜ばんというような話まで、ひきこもごも。結構混雑しており近所の気安い銭湯といった感じ。銭湯生き残りの道は団塊の世代にあるのかもしれません。


 2回目の入湯です。結構遅い時間に行ったのに、すごい賑わっていました。浴室、脱衣場合わせて20人以上はいたと思われます。客層は、圧倒的におっちゃんなんですが、これがまた常連の顔なじみさんばかりのようで、あちらこちらで世間話に花が咲いています。中京にお風呂屋さん文化健在といった感じです。
 ほぼ京都を一回りしてきた後の感想として、カランや浴槽に使われている白い人工石は、三十三間堂周辺で紹介している正面湯と同じだなあ・・とか、電気風呂が組み合わさっている形が祇園の新シ湯と似ている・・とか、アールのあるサウナは下鴨の栄盛湯と似ているなどという事ばかりなんですが、これはこれでまた面白いもんです。
 ビジュアルのことを前回なんにも書いていないんですが、奥の壁には鶴の飛ぶ様子を型抜きのような手法で描いてあります。壬生の玉の湯にも似たようなものがあります。またカランの鏡の上に、空をイメージしたような青いパネルがはめてあるのも特徴です。脱衣場の天井の照明も空をイメージしたような青いカバーが付いています。
 なにはともあれ、ここに来るとまだまだお風呂屋さんも活気があるなあと安心できます。浴室に終始一人とか、そういった体験をした後の一軒にお勧めです。


 おじさんの話にも出てきた地蔵盆。京都の碁盤の目になっている地域ならほとんどのところで8月24日前後に行われます。京都の子供達は地蔵盆が終わると夏休みも終わりかあと、夏の終わりの寂しさを感じるのです。当然ながらこの地域には、町内に必ずお地蔵さんがあります。子供が主役の地蔵盆。しかし、最近はこの地域の子供の減少からお地蔵さんの前に集まっているのは、遙か昔の子供達という光景も見かけます。運が良ければ、百万遍とよばれる子供達が車座になり、お坊さんの読経に合わせて大きな数珠を回す様子を見られるかも知れませんよ。

 以前からちょっと気になっていた喫茶店「セブン」に行きました。場所は、押小路通を有馬湯さんから一筋西へ行った北側。昭和38年にオープンしたという昔ながらの街の喫茶店です。
 3月某日の夕方に店に行ったのですが、店内は至ってのんびりムード。老マスターが一人で切り盛りされているのですが、その雰囲気が店全体にも及んでいるような感じです。
 こういう店に初めて入ったときの座る位置は重要なポイントです。初めての風呂屋でなるべく常連さんに迷惑を掛けないようにと思うとの同じで、喫茶店にも常連さんの指定席がありますので、なるべくパブリックな席に座りたいところ。かといってあまり下座に座っても店の雰囲気を満喫できません。一緒に行った女性の方と、階段を下りたところの4人掛けの席に着席しました。
 まあ普通だったらここで注文を取りに来られるわけですが、なにも起こらないまましばしの時間が経過。テーブル周辺にメニューがないんですよねえ。カウンターの中にも「オレンジジュース」と「グレープフルーツジュース」の貼り紙があるのみ。どうしようか迷っているとマスターから「コーヒーでええかな?」の声が掛かりました。結局コーヒーに決定(笑)。
 しばらくしてコーヒーをマスターが運んでくださったのですが、「これでもねぶって」と銀紙に包まれたチョコレートをバラバラとテーブルに置いて下さいました。おまけのチョコももちろん嬉しかったのですが、個人的には「ねぶって」という表現が、意外性に富んだなつかしい言葉で嬉しさ倍増といった感じです。またコーヒーが今時珍しい300円というのも特筆すべき点ですね。
 この店はこののち、もう一度一人で行ったのですが、その時はチョコレートのおまけはなし。女性客のみへのサービスなのかなあ? どなたか行かれたら、ご報告お願いします。2回目の訪問時は、60 過ぎぐらいの常連さん数人が、マスターを囲んでの桜花賞談義に花を咲かせておられたのですが、これぞ街の喫茶という感じをひとりニヤニヤしながら満喫してきました。常連さんの注文の仕方にも注意していたのですが、誰もオーダーを言っておられませんでした。座ったら自動的にコーヒーが出ていました(笑)。
 普段は5時半頃には閉められるそうですので、訪問は明るいうちに。日曜祝日はお休みです。 
(2005.4.8追記)

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井筒湯

中京区新町通竹屋町下ル弁財天町288 営業時間:15:00〜24:00 定休日:木曜日
地下鉄「丸太町」下車 徒歩5分

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入湯日:2002/09/29 22:30
   :2004/02/27 23:00

 左の写真ですが、ちょうど豆腐屋さんが「きぬごし」の旗をなびかせながら井筒湯の前を通りかかったのでパチリ。この辺りはまだこういうスタイルで売りに来るんですねえ。
 井筒湯を訪れたのは、日曜の夜十時過ぎでしたが、こぢんまりした脱衣場は結構混雑していました。番台のおじさんと学生風にいちゃんが世間話に花を咲かせている辺りは、町の銭湯の香りがプンプンします。
 かごは籐籠とプラスチックが半々ぐらい。床は籐筵。冷蔵庫は宝飲料でした。牛乳は京都のお風呂屋さんでは結構森永が多いのに珍しく雪印でした。
 脱衣場の各所には相撲関係グッズがあります。相撲カレンダー、番付表、手形の色紙などなど。ご主人が好きなのでしょうか。脱衣場の隅には、週刊誌、マンガもあります。マンガの単行本はドラゴンボール、こち亀あたりが結構ありました。
 浴室内もさほど広くなくシンプルな感じです。浴槽は、入って右手に脱衣場側にせり出す形で水風呂、左側の女湯との壁に沿って浅風呂(ジェット1カ所)、深風呂、電気風呂。突き当たり左側に2段式で6人ぐらい入れるサウナ、右側に円形の薬用健康風呂(泡風呂・バスフレンド)の構成です。右側にカランが並んでいます。
 浴室の突き当たり上部に男湯から女湯に渡ってタイル絵があります。タイルに直接描かれたタイプのもので、高原の教会とバックにアルプスらしき山々が描かれてます。そういえば、脱衣場にスイスのツェルマット風の写真があり、構図は違いますが、教会にバックがアルプスの山というものでした。モチーフにしてあるのかもしれません。
 帰り表に出てから「お風呂祭」のポスター発見。10月25日〜27日の3日間お風呂祭りで子供(小学生以下)は入浴料タダ。大人も25日に限り先着100名に粗品進呈だそうです。京都府の浴場組合主催ですので京都府限定ですな。いまからどこに行こうか検討中。
 井筒湯さんもお年寄りのための福祉入浴を月一回行っておられます。


 2回目の入湯です。
 ここの脱衣場は見る物がたくさんあります。前回抜けていた物として、とんび(鷹?)の形をした凧、タロットカードに出てきそうな太陽をモチーフにした銅板細工、男女仕切の上には小さな狸に、サボテン、さらに天井からは魚の形のモビールまでぶら下がっています。骨髄バンク、献血、エイズ予防の啓発ポスターが脇を固めているのも忘れてはいけません。
 脱衣場の隅の方には、身長計と並び、足裏のつぼを刺激するプレートや、丸太を半分に切った青竹踏みもあります。
 浴室の方で、今回大発見だったのは奥の円形の浴槽で、壁面をよく見ると斜めにジャグジーの吹き出し口が付いているではありませんか。現在ではただの泡風呂になっていますが、昔は「人間洗濯機」だったんでしょう。
 帰りは番台がご主人から奥さんにバトンタッチ。「おおきに」の声に送られて家路につきました。


 井筒湯に行くとき目印になるのが日本共産党のビル。丸太町新町の角にあり、地下鉄丸太町からだと西に行きこのビルの角を曲がれば井筒湯に行けます。京都を語るときはずせない話題の一つが日本共産党による革新府政の話。蜷川虎三知事による7期28年(1950-78)の長きに渡る府政はその功罪も含めいろいろ語られるところです。私は別に無党派の一市民ですので政党についてどうこう言うつもりはありませんが、生活にまつわる話をひとつ。蜷川府政の政策として「15の春を泣かさない」というのがありました。受験戦争の中で中学3年生に高校受験で泣かせないというものです。高校間で優劣をつけないため府立高校は完全学区制。住んでるところで選ぶ余地がなかったのです。つまり小学校から高校まで公立を選んだ場合顔ぶれは一緒ということです。私は私立でしたから関係ありませんでしたが、いまの30代以上の世代はこの制度の中で育っています。最近は少子化の中で「15の春を泣かさない」議論が出ているようですが、右肩上がりの時代に思い切った制度です。大学進学者は18で泣いちゃうんですけどね。

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